新垣 結衣
木も草も寝静まった深夜、集合住宅の自室で、おとこが眼を醒ます。
カーテンを開け、窓の外へと視線を向ける。
歩いている人は居ない。
車も通らない。
*
木も草も人も車も寝静まった深夜、おとこが窓外を見つめつづける。
眼下には、月明かりに照らされた街並みがひろがっている。
いくら待っても、何処にも、うごくものは見出せない。
人や車は勿論、風さえも吹かない。
*
木も草も人も車も風も寝静まった深夜、おとこは諦めたように首をふる。
窓外から視線を逸らし、枕もとのスマートフォンに手を伸ばす。
電源が入らない。
壊れてしまったのか、何がどうなっているのか、おとこには全く理解できない。
*
木も草も人も車も風もスマートフォンも寝静まった深夜、おとこは一人で起きている。
あかりを点けぬまま、テレヴィのリモコンを手で探りあてる。
と、半ば予感していたことが起こる。
どうやってもテレヴィは反応しない。
*
木も草も人も車も風もスマートフォンもテレヴィも寝静まった深夜、おとこがくちびるを噛みしめる。
見る間に表情が険しくなる。
だが、予期したのとはちがい、過去の苦い想い出が脳裏をえぐることはない。
それ、さえも、うごきはしない。
*
木も草も人も車も風もスマートフォンもテレヴィも狂おしい悔恨までもが寝静まった深夜、おとこはふたたび窓外に眼をやる。
ぼんやり見つめるうちに、月のひかりが地表の光景をあまねく照らしだしているのは、街灯が一切ともっていないからだ、と今さらながら気づく。
自室のなかへと視線を向ける。
一切の電化製品がうごいていない。
*
木も草も人も車も風もスマートフォンもテレヴィも狂おしい悔恨も電気でさえも寝静まった深夜、おとこが自室の暗がりを凝視しはじめる。
おおきく息を吸い、口をひらく。
けれども、何度試しても、何も放たれることはない。
ことば、までもが、うごこうとしない。
*
木も草も人も車も風もスマートフォンもテレヴィも狂おしい悔恨も電気もことばまでもが寝静まった深夜、おとこが立ちあがる。
意を決したように玄関へと向かい、財布も持たずに外へと出ていく。
誰もが、何もかもが、活動を停止した真夜中の街を、宛てもなく歩きはじめる。
この世界で、いま、おとこだけが自由にうごいている。
